今を積み重ねてたらまた誕生日がやってきた

toki

ちょうど1年ほど前にも、誕生日にかこつけて歳をとることについての記事を投稿しましたが

とにかく1年前から1年過ぎて、私は35歳になったわけです

35歳ってぇとアレです、四捨五入じゃなくて五捨六入で良くないですかとかアホな提案したくなる年齢です
でも流石にアホばっかりも言ってられない、そんな完全にオトナな年齢でもあります
(余談ですが、大人じゃなくてオトナって書くとちょっと俗な感じになるのはコレいかに)

そしてなんとあのランバ・ラルと同じ年齢なのであった!
知ってた?
ランバ・ラル、あのシブさで35!
あの髭面のハマり方で35!!
え〜それどんな35年!?!?

…ま、それはそうと

今一度、去年に準えて「歳を取るってどういう事なんだろう」と考えてみると、やはり今の積み重ねの結果でしかない、という結論は変わりません
ただ、たった1年前と比べてみても自分が結構変わったと自覚しています

成長した!とか自分で言い切っちゃうのは、どうかと思いますがね、でもその、なんというか

成長しました(断言)

もちろん全然まだまだなんですけど、1年間毎日生きるってことをやってると、少しは成長するものですね、それが自然の摂理です

そしてそれは、私は何のためにヨガをするのか、という問いへの答えだったりもして

***

何故ヨガをするのか
よりシンプルに、身軽に生きたいからです

ネガティブなこと言うと、私は自分の中に嫌いな自分が居ます

変わりたい自分が居ます

居心地の悪い自分が居ます

ヨガを追求することで、そんな「手放したい自分」を少しずつですが、手放せていける気がします
なんか年々、心の持ち物が少なくなってきました

物質的なものもそうですが、年々余計な執着がちょっとだけ減って「手放せている」感があります

でもそれは、自分の事を蔑ろにしている訳でも決してありません

振り返ってみると私は多分、子供を生むまでは自分よりも誰かのことを大切に出来たことって、恥ずかしながら無かったかもしれないのです
はっきり言って自分自身のこともそこまで大切じゃなかった

それがね、自分よりもよっぽど大切な存在が出来てから、不思議と今度は自分のことも以前より大切に思うようになりました

自分のために、ではなくて、自分を必要としてくれている大切な誰かのために

両親も姉妹も旦那も、みんな私の事を大切に思ってくれていたにも関わらず、子供を持つまでその事に気がつかなかったなんてとんだ恩知らずヤローです、阿呆です、もうほんとクズです、クズ以下です、ごめん言い過ぎた自分

まあとにかく、35歳になったわたしは10年前の私よりも自分に対する余分な執着が抜け落ちて、でも自分の事を大切に思えてきている、という、相反するようにも見える2つの姿勢が育ってきていると感じます

私にとってのヨガとは、こういう事なのかもしれません

***

めっちゃ真面目な話になりましたが、年に一度くらいはこんな風に立ち止まって振り返ってみて、自分の軌跡を確認してみるのも良いものです

小さく今を積み重ねたその先にはどんな自分が居るのか?

そんな事を思いながら、今日も今を積み重ねるのです

 

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雨音が落ち着くのにはちゃんと理由があるらしい

ajisai

しとしと雨に紫陽花がよく映える梅雨まっただ中

毎年この時期になると、雨音の絶大なリラックス効果を実感します

雨の音、とくにサーッと空間に充満するあの音と匂い、とても落ち着きませんか?
土砂降りはちと困りますが、しとしと雨や、雨宿りするサツキちゃんとメイちゃんにカンタがぶっきらぼうに傘を差し出したあの雨くらいの音は本当にいいですよね!

何と言うか、聞いているわけではないけど身体に染み込んでくる、聞いている事すら忘れる程に自然体で居られる音

まさに自然音の成せる技

amaoto

てなわけで、最近雨じゃない日にも久々に雨音CDなんかを引っ張り出してヨガの自主練に使っています
私が愛用していたのはむかーしむかしにダイソーで購入した雨音CDその名も『雨音の調べ』

100円でこのクオリティは表彰もんです、とにかく使える
ジャケットのデザインも、安っぽさの中に「実は良さそう」な隠れ名盤の片鱗をちらりと覗かせる、ある意味リラリズムの効いた悪くないデザインだと思いませんか?

で、雨音に関しては長年この100均商品で足を知って来たわけですが、この梅雨、私自身のHPに合わせてここらでバージョンアップしてもバチは当たらんでしょうなんて思って、こんなCDを購入致しました

insight

Insight CD 雨音バージョン

いやね、100均のも500円くらいなら出せるくらいの価値はありましたけども、やっぱりそれなりに代価を払えばクオリティは上がりますね
『等価交換』は世の中の大原則

鋼練でも散々お勉強した事をこの機会に復習致しました

なんでしょう、CDを聞いているとは思えないような臨場感
その場の空気まで雨の日にしてくれるような不思議な音の厚みがあって、雨の日特有の、一人一人が手荷物や自身の身体と一緒に自分の心も少し外界から内へしまい込むようなひっそりとした雰囲気が、そのまま再現されるんです

これは、オススメです★

***

雨音、風、小川のせせらぎなど、自然音には人の脳をリラックスさせる理由がちゃんとあるようです

なんでも自然音には高周波成分というのが多く含まれていて、それが脳を活性化させてα波を出す効果があるんですと

そして、自然音は「1/fゆらぎ」という独特のリズムを持っていて、それも人の身体にとって心地よいと感じる理由のひとつ

「1/fゆらぎ」って何やねん!と思ってwikiってみましたが、難しいことが書いてあってよく分からなかったのでYOGAKURAGEフィルターを通して簡略化してご説明いたしましょう
つまりそれは、「程よく規則性のある、不規則なゆらぎ」のことです

「1/fゆらぎ」が心地よいと感じるのは、私達人間も紛れも無い自然物であり、人間の生体リズムもまさにその「1/fゆらぎ」だからです

雨音が落ち着くと感じる理由は、好みとかを超越して人間としてのゆらぎやリズムが自然音と同調するからなのか

***

というわけで、最近はこのCDを何かと自分のヨガ時間に取り入れています

ひたすらアーサナの自主練をするも良し
瞑想してみるも良し
陰ヨガに身を委ねるも良し

無音じゃなくて何か音が欲しいけど、メロディラインや輪郭のある音はいらないなあ、なんていう時にもピッタリです

じきに梅雨も明けてピッカーン!な夏がやってきますが、たまにはこの雨音の力を借りて、自然音のある静かな時間を過ごしたいなあなんて思っています★

 

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百万回生きたねこ の、価値ある一生

今日はひとつ、絵本の話を

子供の頃に読んでもらって心に残っている絵本って、自分が親になっても子供に読み聞かせたいと思うものです

私の心に残っている絵本、色々ありますが、幼いときから意味が分からないなりにも何か好きだった絵本のひとつに、佐野洋子さんの著書「百万回生きたねこ」があります

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あまりにも有名な本なのでご存知の方が多い事でしょう
一応どんな話かザックリご解説すると、

ある一匹の猫が、色んな飼い主の元での一生を何度も何度も繰り返していたが、どの飼い主の事も大嫌いだった
最後に誰にも飼われていなかった生で一匹の白猫に出会い、その猫を好きになり、その猫が死んだ後に自分も死んで、それ以降はもう新しい一生を送ることは無かった、というお話

猫は白猫に出会って、愛を知ったんですよね

そしてその一生を終えた後は、もう生き返ることは無かった・・・

て、そんな話が気に入るなんてどんな暗い子供やねん!と思われそうですが、ええ全くもってその通りの根暗な子でしたが、今日の論点はそこじゃない

そして私の手応えでは、別にこの本は暗い子向きでも何でもなく、結構色んな子供の心に残るようです
私に似ず根明な我が子も、例外ではありません

むしろ、最後はもう生き返らないのに哀しい訳でもなく、「猫、よかったね、おつかれ!」くらいの爽快感すら漂う読後感

小学生位になるとその不思議な爽快感も何となく感じられるようになっていったわけですが、その感覚の理由までは分からずに居ました

ですが大人になってヨーガを知って、ヨーガの教典バガブァット・ギーターを知って、この「百万回生きたねこ」の深い意味に触れた気がしたのです

***

バガブァット・ギーターというのはヨーガの教えとそのゴールについて、つまりは宇宙や人間の成り立ちや真理について解いた、古くから伝わる物語であり教典です

肉親を殺さなければならない苦悩に直面した王子アルジュナに、導き手であるクリシュナが王子としてのダルマ(義務)と、その行為の意味を説き、ヨーガ哲学に関わる様々な概念を語る形で物語は進みます

物語、といってもめっっちゃめちゃ奥が深い上に解釈も色々なので、私には理解し難い内容盛り沢山でもありますが、やはりその軸となる哲学的な趣旨の1つは、ダルマを果たしカルマ(業)を解消する事によっての、輪廻転生からの解脱(モクシャ)なのではないでしょうか

もうね、これだけでも充分難解なわけですが、そのヨーガ哲学を平たく説いた物語バガブァット・ギーターをさらに噛み砕いた破片が、「百万回生きたねこ」からも読み取れるように思いませんか?

だってほら、
何度も何度も輪廻転生していた猫が、飼い主の事を1度も好きになった事が無かった猫が、白猫を愛した生を最後に輪廻転生の輪を外れたんですから

バガブァット・ギーター的に言うなら、隣人を愛することこそ猫のカルマだったと

もちろん、この猫が死んだ後にどうなったのか、それは全く分かりません
白猫を愛しただけでほんまの意味で解脱出来るんやったら楽勝すぎる気もするし・・・笑

でも、少なくとも猫の魂は一段上の次元、ネクストステージへは行けたんじゃないかな、という気がしてならないんです

それが「百万回生きたねこ」の爽快な読後感の正体なんじゃないかとね!

百万回生きたねこの魂は、最後に白猫を愛する事が出来た価値ある一生を終えて、ネクストステージへ

うん

やっぱりこれ、凄くいいハッピーエンドのお話だと思うのです

 

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シヴァナンダヨガは何故倒立ポーズから始まるのか

yoga

ヨガはその歴史の中で数多くの流派が生まれ、今現在も親しまれ存続していますが

歴史のあるものはそのどれもがもちろん正しくて、ひとつの大きな軸に沿って体系的に成り立っているものだと私は認識しています

でも同じヨガとは言えどもかなり、いや全然違うなあ、と感じる事も多く、その違いについて深く追求するほどヨガ武者にもなりきれ無い半端者な私は、その中から自分が出来そうな事や共感できるもの、直感的に正しいと感じられるものを取り入れる事にしています

そんな私が今までずっと不思議に感じてきた、流派間の違い

それは、アシュタンガヨガのシークエンスでは倒立系のポーズは最後の方に出てくる事と比較して、シヴァナンダヨガでは最初に倒立系の代表とも言えるシルシアサナから始まる事

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これはどう考えても、めっちゃ違いますよね

「なんでなんかな」と疑問に思いながらも何となく「そう決まってんねん」という最強の答えに押し切られて深く考えて無かったんですが、いやいやでも絶対理由はあるはずやん?という探究心に身を任せ、書籍や恩師の知識、そして自分の感覚を頼りに、その理由を探ってみる事にしました

***

まず、シヴァナンダヨガとは何ぞや、という話なのですが、言わずと知れたスワミ・シヴァナンダ氏によって考案されたヨガであり、特徴としてはどちらかというと動よりも静の要素が強く、ヨガの実践によって得られる精神の変化に重きを置いています

そしてシヴァナンダヨガで提唱されるヨガの実践とは、アサナ(ポーズ)にとどまらず、瞑想、生活習慣や食事法など、総体的な生き方そのものの教えに他なりません

心身の感覚を静かに研ぎ澄まし、感情や感覚の波を死滅させることで、自分の本体=魂と、今ここにある自分の精神を近づけること

アサナはそのひとつの手段というわけですね

さて、ではシルシアサナに代表されるような倒立系のポーズは心身にどんな影響を及ぼすのか?というと、それはもう本当に色んな効果がありますが、まずは集中力を高めること
これが無いと始まりません

人間、倒立する事で嫌でも集中力が高まります
というか常人は集中しないと倒立を維持できませんからね、だからこそです

シヴァナンダヨガでは初めに倒立を持ってくる事でまずは集中力を高めて、心の波を鎮めることを目的としているようです

実際にやってみると分かりますが、確かにシヴァナンダヨガのシークエンスでは、伝統的太陽礼拝で始まり心身ともにしなやかに準備運動→その後のシルシアサナでギュッと心がセンタリングされる感覚があります

結果として普段の自分の、ひとつ上の階級から始められるような・・・

じゃあどんな時も倒立からやればいいんちゃう?という結論が出てしまいそうですが、そうとも言い切れない

というのも、最後の方に行う倒立系ポーズには、それはそれで代用し難い良さがあるのも事実だからです

おそらくはスタジオやフィットネスクラブで行われているヨガのクラスでは、倒立系ポーズは終盤に組み込まれる事が多いでしょう

何故かというとまず第一に、倒立系ポーズの解放後は身体がリラックスするのでクールダウンしやすいということ
そして、単純に身体が十分にほぐれて既にある程度集中力が高まった状態の方が倒立のアサナをやりやすいということ
(B.K.Sアイアンガー氏による著書「ハタヨガの真髄」に収録されている300週のアサナプログラムで、15週目からいきなり倒立ポーズから始まるシークエンスに変わることからも、最初から倒立系を行うことはそれなりに難度が高い事が推測されます)

アシュタンガヨガの創始者、シュリ・K・パタビジョイス氏は12歳でクリシュナマチャリアの元でヨガを始めていますが、師を同じくヨガを学んだB.K.Sアイアンガー氏はアシュタンガとはまた違う、よりアライメントを重視したハタヨガを広めています

師匠が同じでも、それぞれのフィルターを通して違う良さを持ったヨガが生まれたという事ですよね

若いパタビジョイス氏はアシュタンガヨガを少年から青年に向けて構成したために、現在のように筋力を必要とするアクロバティックな要素も入ったメソッドになったと言われています

一生の内で1番身体能力の高い年齢層でのヨガは、まずは思い切り身体を伸びやかに動かして、その後に倒立ポーズを行うのが爽快だったのかもしれませんね♫

***

というわけで私なりの方針

ある程度の熟練者なら、最初に集中力を高めるために冒頭に倒立アサナを行う事は、とても有効
どんな人にとっても練習の終盤に行う倒立アサナは、クールダウンと締めくくりにもってこい

・・・てな感じでしょうか?

その日の自分の心や身体と相談して、取り入れていくのが良さそうですね

 

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