百万回生きたねこ の、価値ある一生

今日はひとつ、絵本の話を

子供の頃に読んでもらって心に残っている絵本って、自分が親になっても子供に読み聞かせたいと思うものです

私の心に残っている絵本、色々ありますが、幼いときから意味が分からないなりにも何か好きだった絵本のひとつに、佐野洋子さんの著書100万回生きたねこ (講談社の創作絵本)があります

あまりにも有名な本なのでご存知の方が多い事でしょう
一応どんな話かザックリご解説すると、

ある一匹の猫が、色んな飼い主の元での一生を何度も何度も繰り返していたが、どの飼い主の事も大嫌いだった
最後に誰にも飼われていなかった生で一匹の白猫に出会い、その猫を好きになり、その猫が死んだ後に自分も死んで、それ以降はもう新しい一生を送ることは無かった、というお話

猫は白猫に出会って、愛を知ったんですよね

そしてその一生を終えた後は、もう生き返ることは無かった・・・

て、そんな話が気に入るなんてどんな暗い子供やねん!と思われそうですが、ええ全くもってその通りの根暗な子でしたが、今日の論点はそこじゃない

そして私の手応えでは、別にこの本は暗い子向きでも何でもなく、結構色んな子供の心に残るようです
私に似ず根明な我が子も、例外ではありません

むしろ、最後はもう生き返らないのに哀しい訳でもなく、「猫、よかったね、おつかれ!」くらいの爽快感すら漂う読後感

小学生位になるとその不思議な爽快感も何となく感じられるようになっていったわけですが、その感覚の理由までは分からずに居ました

ですが大人になってヨーガを知って、ヨーガの教典バガブァット・ギーターを知って、この「百万回生きたねこ」の深い意味に触れた気がしたのです

***

バガブァット・ギーターというのはヨーガの教えとそのゴールについて、つまりは宇宙や人間の成り立ちや真理について解いた、古くから伝わる物語であり教典です

肉親を殺さなければならない苦悩に直面した王子アルジュナに、導き手であるクリシュナが王子としてのダルマ(義務)と、その行為の意味を説き、ヨーガ哲学に関わる様々な概念を語る形で物語は進みます

物語、といってもめっっちゃめちゃ奥が深い上に解釈も色々なので、私には理解し難い内容盛り沢山でもありますが、やはりその軸となる哲学的な趣旨の1つは、ダルマを果たしカルマ(業)を解消する事によっての、輪廻転生からの解脱(モクシャ)なのではないでしょうか

もうね、これだけでも充分難解なわけですが、そのヨーガ哲学を平たく説いた物語バガブァット・ギーターをさらに噛み砕いた破片が、「百万回生きたねこ」からも読み取れるように思いませんか?

だってほら、
何度も何度も輪廻転生していた猫が、飼い主の事を1度も好きになった事が無かった猫が、白猫を愛した生を最後に輪廻転生の輪を外れたんですから

バガブァット・ギーター的に言うなら、隣人を愛することこそ猫のカルマだったと

もちろん、この猫が死んだ後にどうなったのか、それは全く分かりません
白猫を愛しただけでほんまの意味で解脱出来るんやったら楽勝すぎる気もするし・・・笑

でも、少なくとも猫の魂は一段上の次元、ネクストステージへは行けたんじゃないかな、という気がしてならないんです

それが「百万回生きたねこ」の爽快な読後感の正体なんじゃないかとね!

百万回生きたねこの魂は、最後に白猫を愛する事が出来た価値ある一生を終えて、ネクストステージへ

うん

やっぱりこれ、凄くいいハッピーエンドのお話だと思うのです

 

↓人気ヨガブログランキングへ
にほんブログ村 健康ブログ ヨガへ

にほんブログ村

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中