OM 自分の声の響きを感じる まずは体で、やがて心で

当方、自分の声が嫌いです

なんてゆーか、綺麗じゃないし、どちらかというと低めで可愛くもないしそのくせ色気もなければ透明感もない

インストラクター、しかもヨガの、なんてやってると特に声って重要だと思うんですが、私の声の取り柄といえば「よく通る」
ことくらいでしょうか

それはさておき

ヨガのレッスンでは、しばしばマントラが唱えられます

マントラとは日本語で「真言」と訳されたりします
サンスクリット語ではマン=心、トラ=解放する という意味を持ち、マントラを唱える事で心を解放し、その音の響きが持つエネルギーでより高次な自分自身へ導き、個(=自分)と全(=宇宙)を調和させることができると考えられているそうな

やだ、むっつかしい!
ヨガブログやってて痛感するのは「難解な内容を簡単に書くのはめっちゃ難解」ってことです
でもここはひとつ小難しく考えずに「マントラってエネルギッシュで神秘的なこ・と・ば♥」くらいに捉えときましょう
本質は自分自身で感じてみればよいことですから

さてさて、数あるマントラの中でも最も崇高と言われている、そして最もポピュラーとも言える「オーム(a・u・m)」ってどんな言葉なんでしょう

オームを唱える事で広がる声の波動について、今一度見直してみました

***

マントラ、特にオームって聞くと日本では、あの胸くそ悪いオーム真理教事件を連想する方が多いかと思います
ただでさえちょっと宗教臭いイメージのあるマントラを唱えるという行為は、一般的なクラスでは敬遠されがちな側面があるのも事実

ですが本来オームの音は、宇宙の始まりの音であり「創造・維持・破壊」というサイクルで変化する森羅万象の真理を象徴していると言われているものっすごい、最っ高の、スーパーグレートハイレベルな偉大な音です

その神秘的な音を身体に響鳴させることで細胞を構成している分子を構成している原子(ここまでは理科でやった)を構成している素粒子(ナショジオでやってた)まで波動が染み込んで、生命を支えている自律神経の働きを正常化、結果的に心身が静かに快く整っていくということです

ちょっと胡散臭く感じる方も、個人的に瞑想しているときや自主練を始める前など、マントラを唱えるのは呼吸法をするのと同じくらい心がフラットになるし、何たって自分の声ひとつで簡単に行える優れた音波療法ですから、試して損は無し!

と言うわけで唱えて見ましょう
マントラの練習はざっくり3段階に分かれます

①まずは声に出して唱えてみる(ジャパ)
お腹の底から音が始まっているようにイメージしながら「オー」の音を伸ばしていき、徐々に口をすぼめ「ウー」の音へ変化させ、最後は口をさらにすぼめ「ムー(ンー)」とのばして終わります
「ムー(ンー)」のときは音が頭の中に響き渡るように感じながら唱えるとさらに余韻が残ります

実際に唱え、その響きを感じることで雑念を取り払い、集中力を高めやすくなります
誰でも効果を感じやすく、簡単に行える段階です

音が波動として広がるのは物理的な現象ですから、素直にその響きを感じるだけで身体の感覚でマントラの効果って実感できるものです
音で心身が浄化される感覚…とても良いです、いやまじで、ドラクエの呪文にもあればいいのに

②心の中で唱えてみる(アジャパ)
声に出して詠唱する事に慣れて来たら、心の中でとなえてみます
これは誰にも邪魔されない領域なので周りに人が大勢居ても出来るし、風邪ひいてて声が出ない時も出来ますよね
ちょっとめんどくさい人と話してる時なんかは適当に受け流しながらアジャパってみてもOK、その際白目は剥かないようにだけ注意しましょう

これも声に出して唱えるのと同じように集中力を高めたり、余分な雑念、心の無駄な動きを和らげることが出来ます
つまり、無駄に緊張したり気構えたり、または怒りを感じたりするときに、それによって必要以上に乱されることが無くなります

なんとまあ、ヨガ道を進む上でめっちゃ大切な姿勢

③自分の存在もオームである事を認識する(ムクティ)
最終的には自分の存在もまたオームである事に意識を向けます
自分の体も心も「創造・維持・破壊」を繰り返すオームであり、心の内では常にオームが鳴り響いているんです
南インドの聖者であったラマナマハルシも生前語られていますが、自分で唱えなくてもオームの響きが心の中で聞けるようになれば、自分(個)と世界(全)の境目が溶けるような解放感を感じることが出来るのだとか

それをムクティ(解放)と解釈したのは私の個人的な感覚なのですが、ジャパ、アジャパを繰り返しているうちにおそらくはそういうことだと思ったんですよね

そして、かくいう自分はまだ全然その域ではありません
正直、まだまだ内なるオームが聞こえる段階は想像すら出来ません
ただ、自分自身がオームであるという事実はジャパ、アジャパを繰り返すうちに頭ではなくて感覚でもっとクリアに染み込んで来ました

ただただ自分の声の響きを全身で感じる、やっぱりこれぞヨガであり、繰り返す価値のある行為なんですよ

***

当方、自分の声が嫌いです

でもマントラを唱えるときはその自分の声が気持ちよく、「この声も悪くないな」なんて思ったりもします

宇宙の始まりの音とか真理の音とかってかなり壮大な話ではありますが、とりあえずは、単純にその音の響きを味わう事で心地よく感じられれば、まずはそれだけでハッピー度UP

あなたも、自分と、そして世界に少しでも波動が響くようにイメージしながら、オームを唱えてみませんか

Hari om…
shanti shanti shanti…
Hari om…
om…

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ヨガは進歩では無く変化を楽しむ ランダム性は強さの源!

諸行無常、なんて唱えるだけで5cmくらい悟りの境地へ近づけるような言葉がありますが

全くその通りで万事はその姿も、本質さえも常に変化し続けるものですよね

私達自身もその例外では無く、こうしている間にも常に変化を繰り返しています
一年前と比べて何が変わった?と聞いてみれば、仕事が変わった、家族が増えた、ちょっと太った?新しい知識が増えたなどなど、色んな答えが返ってくることでしょうが、3日前と何が変わった?と聞くと、「なんにも変わってない」と答えが返ってくるかもしれません

ですが実際は3日前と同じ人なんて居ないですよね
3日分、身体は成長や老化を経ているだろうし、体内水分量、ウ◯コの溜まり具合、ホルモンバランスも違えば気分も違うでしょう

短い目で見ても変化しているのですから、長い目で見ればそれはそれは大きな変化があるものです

変化するとはどういう事なのか、なぜ変化するのか
そんなことをふと思いました

***

最近、ちょっと酷目の風邪で病院へ行くことがあったのですが、その時に薬を貰いました
風邪薬なんて普段ほっとんど飲まないのですが、久々に飲んだわけです

結果驚くほど症状が緩和されて、それ自体は大感謝でした

でも思ったんですよね
私達は普段、自分が不快に感じる変化を避けようと結構必死になっている気がします

例えば、薬では無くサプリメントひとつとってもそう

健康維持のため、美容のためと飲んでいる人は飲んでないと健康や美容が損なわれないかなんか不安になると言います

便が出ないと排便を促す薬を飲んだり、胃の調子が悪いと胃薬を飲んだり、体重が増えたらダイエットしたり、それは全て自分が選びたくない変化を避ける行為です

でもここで思い出しましょう

『諸行無常』

機嫌が良いときもあれば悪いときもある
太ることもあれば痩せることもあるし、肌が荒れたりツルピカになったり、毛が抜けたり生えたり、それはもう色んな変化の連続で私達の存在は成り立っているということ

そしてその「ランダム性」が実は多様な環境に適応する心身の強さの源でもあると言えます

だってそうでしょう?
身体は季節や天気に合わせて変化するし、怪我すれば自然治癒力で治そうとします
ストレスに対抗するために自律神経が心拍数を上げたりするわけです

この力って凄くないですか?

この力を最大限に発揮するためには、恒常性を保つことよりも変化を受け入れる精神性を忘れてはならないと気がつきました

ヨガで鍛えることって、そういう事だと思うんです

心も体も、環境はの適応能力を高める
ヨガが唯一自分の意思でコントロール可能な自律神経、呼吸ありきであることからもそれはよく分かります

アーサナも、そう

例えばこのアーサナ

まだまだツメが甘いですが、後屈が苦手な私はめちゃくちゃ調子の良い日にかなりストイックにやってここまでが限界…
調子悪かったら足先すら届きません

でも、その日その日の自分と、過去の自分を比べて変化を感じることが何より大切なことです

もし、アーサナを訓練して完成度を高めて行くことだけがアーサナの意義であるとしたら、ヨガは若いうちしかできない単なるスポーツだということになってしまう、それはちゃうやん?と

30年来、ヨガを続ける私の母は言います
「昔は出来てんけど、今はもうこれはキツいしほどほどで止めるねん、その方が腰が伸びて気持ちええねん」

その変化

続けていたからこそ分かる長い目での変化も、昨日やったからこそ気がつく短期間での変化も、決して進歩する事だけが目的ではないんですよね

***

心も体も、諸行無常の理に則り変化を続けます
それを老化と呼ぶこともありますが、もしかしたら今現在の自分を1番安定させるための身体の適応の結果かもしれません

ちょっと太ったなとか今週は肌の調子が悪いとか近頃気分が落ち込みがちとか、そういうのは確かにテンション下がりますが、不自然な力でその変化をねじ伏せるのでは無くて、その変化を受けれつつまた良い方へも変化する自分の機能を信じてみる

どっちかいうと、そういう生き方で適応能力を養いたいです

自分に対して幅を持てれば、人に対しても余分な期待をしない、懐の深い人間に近づけるように思うんです
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