パドマアーサナ(蓮華座)「いつの間にか」出来ることの素晴らしさ

蓮華座という、坐法

ヨガではパドマアーサナというナイスな名前が付いています
パドマアーサナ、うん、いい響き
パドマアーサナ、とりあえず言いたい

この坐法、片足ずつ足の甲を鼠蹊部に掛けて組むわけですが、実はその順番にそれぞれ意味があることをご存知ですか?

右→左の順に足をかけるのを降魔坐(ごうまざ)と呼び、修行中の身であることを表します

反対に、左→右の順にかけるのを吉祥坐(きちじょうざ)と呼び、これは悟りを開いた者の坐法となります

ほほう、つまり私ごときは右から組むのが正解ってことですね
とはいえ、意外に股関節の柔軟性や足首の柔軟性が必要な坐法なので、やり易い方から練習すれば良いのですが
私もその昔やり易さに物凄い左右差があったもんですが、気がついたらどっちも出来るようになっていて、今では昔どっちがやり易かったのかもう思い出せないくらいです

で、これで楽に座れるようになったら、足先を掴んでみる、こんな感じで…

前から見ると

これ、私ぜっぜん掴めなかったんですよ!
片手はまあイケるけど、両手っすか??と
掴めるわけないやんって、ちょっと諦めてました
なもんで、もう練習すらしてませんでした
ところが先日何気なくやってみたら、

あ、届くやん…!!

まだまだやっとこさで余裕ゼロやけどね

でも掴めたことが嬉しい!
しかもこればっか練習してたわけじゃなく、日々色んな練習を続けているうちに、いつの間にか届くようになっていた、というのが本当に嬉しいのです

***

ヨガのアーサナは物凄くたくさんあります
そりゃもう悶絶するくらい
ヨガの教本「ゲーランダ・サンヒター」によると、なんと8400万種類ものアーサナがあるんですって!

控えめに言っても「多すぎワロタw」
かなり猫背の人でも仰け反り必至の膨大さです

その中でも効果が特に得やすいアーサナは84種あるらしく、私たちが普段行ったり目にしたりするアーサナのほとんどはこの中にあります

いや、84種でもたいがい多いですよ!
8400万という数字の後ではなんのパンチもありませんが、その84種全てを正しく理解して出来る人はめちゃんこヨガをやり込んでいる方であると言い切れます

私などはまだまだ出来ないアーサナだらけなんですが、それでも色んなアーサナを毎日少しずつでも鍛錬しているうちに、このパドマアーサナも少し完成に近づいていたというわけです

私はここに、ヨガのアーサナの鍛錬の極意というかコクというかミソがあるように思えてならないのです

どれかひとつのアーサナに的を絞って練習する
その感覚を感じる、向き合う、呼吸する…
もちろんそれも有意義なヨガには違いないのですが、もし本当にそのアーサナを深めたいのなら、おそらくは他のアーサナもしっかり練習しなくてはならないでしょう

それがポテンシャルの底上げになり、それでこそやっと目的のアーサナに近づくということ

だから私はアーサナの練習って、その時凝っているものも含め色んなやつをやっていく派です
少なくみても84種もあるんですから、豪華なバイキングみたいなもんです
で、「あかんやん、やっぱりできひんやんこれ…一生出来る気しーひんやん」みたいなアーサナは一旦放置
んで思い出したときにまたやってみる

それを繰り返していると、あるときふと出来るようになっている(ことに気がつく)ことがあるんですよ

パドマアーサナのように心の背筋も伸びるようなアーサナをいつの間にか習得しかけていたことによって、更にアーサナ、延いてはヨガそのものへの理解が僅かに深まった気がします

やっとペーペーの修行者くらいにはなれたでしょうか?

***

アーサナのみならず、ヨガは何かだけしてればいいというわけでもないし、何かだけしなければいいというものでもありません

どんな行いもアーサナプラクティスも、それぞれに少しだけ丁寧に向き合うことで、自分自身の底上げをしていくためのものなんでしょうね、きっと

つまり結論としては
「野菜は色んな種類を食べなさい」

以上です(^^)

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OM 自分の声の響きを感じる まずは体で、やがて心で

当方、自分の声が嫌いです

なんてゆーか、綺麗じゃないし、どちらかというと低めで可愛くもないしそのくせ色気もなければ透明感もない

インストラクター、しかもヨガの、なんてやってると特に声って重要だと思うんですが、私の声の取り柄といえば「よく通る」
ことくらいでしょうか

それはさておき

ヨガのレッスンでは、しばしばマントラが唱えられます

マントラとは日本語で「真言」と訳されたりします
サンスクリット語ではマン=心、トラ=解放する という意味を持ち、マントラを唱える事で心を解放し、その音の響きが持つエネルギーでより高次な自分自身へ導き、個(=自分)と全(=宇宙)を調和させることができると考えられているそうな

やだ、むっつかしい!
ヨガブログやってて痛感するのは「難解な内容を簡単に書くのはめっちゃ難解」ってことです
でもここはひとつ小難しく考えずに「マントラってエネルギッシュで神秘的なこ・と・ば♥」くらいに捉えときましょう
本質は自分自身で感じてみればよいことですから

さてさて、数あるマントラの中でも最も崇高と言われている、そして最もポピュラーとも言える「オーム(a・u・m)」ってどんな言葉なんでしょう

オームを唱える事で広がる声の波動について、今一度見直してみました

***

マントラ、特にオームって聞くと日本では、あの胸くそ悪いオーム真理教事件を連想する方が多いかと思います
ただでさえちょっと宗教臭いイメージのあるマントラを唱えるという行為は、一般的なクラスでは敬遠されがちな側面があるのも事実

ですが本来オームの音は、宇宙の始まりの音であり「創造・維持・破壊」というサイクルで変化する森羅万象の真理を象徴していると言われているものっすごい、最っ高の、スーパーグレートハイレベルな偉大な音です

その神秘的な音を身体に響鳴させることで細胞を構成している分子を構成している原子(ここまでは理科でやった)を構成している素粒子(ナショジオでやってた)まで波動が染み込んで、生命を支えている自律神経の働きを正常化、結果的に心身が静かに快く整っていくということです

ちょっと胡散臭く感じる方も、個人的に瞑想しているときや自主練を始める前など、マントラを唱えるのは呼吸法をするのと同じくらい心がフラットになるし、何たって自分の声ひとつで簡単に行える優れた音波療法ですから、試して損は無し!

と言うわけで唱えて見ましょう
マントラの練習はざっくり3段階に分かれます

①まずは声に出して唱えてみる(ジャパ)
お腹の底から音が始まっているようにイメージしながら「オー」の音を伸ばしていき、徐々に口をすぼめ「ウー」の音へ変化させ、最後は口をさらにすぼめ「ムー(ンー)」とのばして終わります
「ムー(ンー)」のときは音が頭の中に響き渡るように感じながら唱えるとさらに余韻が残ります

実際に唱え、その響きを感じることで雑念を取り払い、集中力を高めやすくなります
誰でも効果を感じやすく、簡単に行える段階です

音が波動として広がるのは物理的な現象ですから、素直にその響きを感じるだけで身体の感覚でマントラの効果って実感できるものです
音で心身が浄化される感覚…とても良いです、いやまじで、ドラクエの呪文にもあればいいのに

②心の中で唱えてみる(アジャパ)
声に出して詠唱する事に慣れて来たら、心の中でとなえてみます
これは誰にも邪魔されない領域なので周りに人が大勢居ても出来るし、風邪ひいてて声が出ない時も出来ますよね
ちょっとめんどくさい人と話してる時なんかは適当に受け流しながらアジャパってみてもOK、その際白目は剥かないようにだけ注意しましょう

これも声に出して唱えるのと同じように集中力を高めたり、余分な雑念、心の無駄な動きを和らげることが出来ます
つまり、無駄に緊張したり気構えたり、または怒りを感じたりするときに、それによって必要以上に乱されることが無くなります

なんとまあ、ヨガ道を進む上でめっちゃ大切な姿勢

③自分の存在もオームである事を認識する(ムクティ)
最終的には自分の存在もまたオームである事に意識を向けます
自分の体も心も「創造・維持・破壊」を繰り返すオームであり、心の内では常にオームが鳴り響いているんです
南インドの聖者であったラマナマハルシも生前語られていますが、自分で唱えなくてもオームの響きが心の中で聞けるようになれば、自分(個)と世界(全)の境目が溶けるような解放感を感じることが出来るのだとか

それをムクティ(解放)と解釈したのは私の個人的な感覚なのですが、ジャパ、アジャパを繰り返しているうちにおそらくはそういうことだと思ったんですよね

そして、かくいう自分はまだ全然その域ではありません
正直、まだまだ内なるオームが聞こえる段階は想像すら出来ません
ただ、自分自身がオームであるという事実はジャパ、アジャパを繰り返すうちに頭ではなくて感覚でもっとクリアに染み込んで来ました

ただただ自分の声の響きを全身で感じる、やっぱりこれぞヨガであり、繰り返す価値のある行為なんですよ

***

当方、自分の声が嫌いです

でもマントラを唱えるときはその自分の声が気持ちよく、「この声も悪くないな」なんて思ったりもします

宇宙の始まりの音とか真理の音とかってかなり壮大な話ではありますが、とりあえずは、単純にその音の響きを味わう事で心地よく感じられれば、まずはそれだけでハッピー度UP

あなたも、自分と、そして世界に少しでも波動が響くようにイメージしながら、オームを唱えてみませんか

Hari om…
shanti shanti shanti…
Hari om…
om…

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ヨガは進歩では無く変化を楽しむ ランダム性は強さの源!

諸行無常、なんて唱えるだけで5cmくらい悟りの境地へ近づけるような言葉がありますが

全くその通りで万事はその姿も、本質さえも常に変化し続けるものですよね

私達自身もその例外では無く、こうしている間にも常に変化を繰り返しています
一年前と比べて何が変わった?と聞いてみれば、仕事が変わった、家族が増えた、ちょっと太った?新しい知識が増えたなどなど、色んな答えが返ってくることでしょうが、3日前と何が変わった?と聞くと、「なんにも変わってない」と答えが返ってくるかもしれません

ですが実際は3日前と同じ人なんて居ないですよね
3日分、身体は成長や老化を経ているだろうし、体内水分量、ウ◯コの溜まり具合、ホルモンバランスも違えば気分も違うでしょう

短い目で見ても変化しているのですから、長い目で見ればそれはそれは大きな変化があるものです

変化するとはどういう事なのか、なぜ変化するのか
そんなことをふと思いました

***

最近、ちょっと酷目の風邪で病院へ行くことがあったのですが、その時に薬を貰いました
風邪薬なんて普段ほっとんど飲まないのですが、久々に飲んだわけです

結果驚くほど症状が緩和されて、それ自体は大感謝でした

でも思ったんですよね
私達は普段、自分が不快に感じる変化を避けようと結構必死になっている気がします

例えば、薬では無くサプリメントひとつとってもそう

健康維持のため、美容のためと飲んでいる人は飲んでないと健康や美容が損なわれないかなんか不安になると言います

便が出ないと排便を促す薬を飲んだり、胃の調子が悪いと胃薬を飲んだり、体重が増えたらダイエットしたり、それは全て自分が選びたくない変化を避ける行為です

でもここで思い出しましょう

『諸行無常』

機嫌が良いときもあれば悪いときもある
太ることもあれば痩せることもあるし、肌が荒れたりツルピカになったり、毛が抜けたり生えたり、それはもう色んな変化の連続で私達の存在は成り立っているということ

そしてその「ランダム性」が実は多様な環境に適応する心身の強さの源でもあると言えます

だってそうでしょう?
身体は季節や天気に合わせて変化するし、怪我すれば自然治癒力で治そうとします
ストレスに対抗するために自律神経が心拍数を上げたりするわけです

この力って凄くないですか?

この力を最大限に発揮するためには、恒常性を保つことよりも変化を受け入れる精神性を忘れてはならないと気がつきました

ヨガで鍛えることって、そういう事だと思うんです

心も体も、環境はの適応能力を高める
ヨガが唯一自分の意思でコントロール可能な自律神経、呼吸ありきであることからもそれはよく分かります

アーサナも、そう

例えばこのアーサナ

まだまだツメが甘いですが、後屈が苦手な私はめちゃくちゃ調子の良い日にかなりストイックにやってここまでが限界…
調子悪かったら足先すら届きません

でも、その日その日の自分と、過去の自分を比べて変化を感じることが何より大切なことです

もし、アーサナを訓練して完成度を高めて行くことだけがアーサナの意義であるとしたら、ヨガは若いうちしかできない単なるスポーツだということになってしまう、それはちゃうやん?と

30年来、ヨガを続ける私の母は言います
「昔は出来てんけど、今はもうこれはキツいしほどほどで止めるねん、その方が腰が伸びて気持ちええねん」

その変化

続けていたからこそ分かる長い目での変化も、昨日やったからこそ気がつく短期間での変化も、決して進歩する事だけが目的ではないんですよね

***

心も体も、諸行無常の理に則り変化を続けます
それを老化と呼ぶこともありますが、もしかしたら今現在の自分を1番安定させるための身体の適応の結果かもしれません

ちょっと太ったなとか今週は肌の調子が悪いとか近頃気分が落ち込みがちとか、そういうのは確かにテンション下がりますが、不自然な力でその変化をねじ伏せるのでは無くて、その変化を受けれつつまた良い方へも変化する自分の機能を信じてみる

どっちかいうと、そういう生き方で適応能力を養いたいです

自分に対して幅を持てれば、人に対しても余分な期待をしない、懐の深い人間に近づけるように思うんです
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レッスン前の隙間時間を充実させるための、ヨガ音話

こうして私がこちこちと誰得ブログを書いている間も、日々たゆまず才能あるサウンドクリエイター達が命削って名盤を生み出しています

感謝そして「もっとよろしく」

おかげさまで、ヨガのレッスン中に推せる音源!
みたいな記事ってこれまでも何度も書いてきたし、色んなヨガ情報誌やサイトでもお決まりの話題ですよね

そんなわけで今回もヨガ音の話題と行きたいのですが、レッスン中ではなくてレッスン前に焦点を当ててみたい

特にヨガスタジオのような公の空間での場合をイメージしてみましょう

ギリギリに着替えて食パンを加えてダッシュする転入生のようにスタジオに入る(人もたまには居ますが)のではなくて、大体はちょっと余裕を持ってスタジオに入り、ストレッチなり軽く瞑想なり一緒に受講する友人とゆるくおしゃべりなどしてゆったり過ごしてから、さあヨガの時間です、ていうパターンが多いのではないでしょうか

その隙間時間!

その時間をどう過ごすかはその日のレッスンの質にわりと影響すると私は思っています
つまりそう、「ヨガはもう、始まっている…」

当然その時間にかける音源も実はこだわっていて、私のレッスン用CDケースの中には「隙間時間用」と「プラクティス用」の2大カテがあります

前置きが長くなりましたが今回は「隙間時間用」にカテゴライズされているCDの一部をシェアしようかと

***

ヨガレッスン前の隙間時間のBGMとして、私が必要だと思う要素は

・心地よい
・上げすぎない
・明るい気持ちにフォーカスしやすい
・緊張感をほぐす
・邪魔にならない

もちろん続くレッスンの内容によっても変わってくるとは思いますが、大体こんな感じ

スタジオ入って、例えばゴアトランスとかディープハウスとか初音ミク流れてたら「あれ?私なんか間違えた?」ってなりますし、かといってそこまで「ザ・瞑想!」みたいなふっかい音やと、人によっては逆に若干引くかなと思う次第です、私的に..

というわけで、1つ目のCDは

・心地よい
・明るい気持ちにフォーカスしやすい

というポイントを特にええ感じに押さえたこのCD、

Electrical LOVERS の『MICRO LAND』

古いCDでもうかれこれ10年以上愛用しています
何系かっていうと「人間界に暇つぶしに来た天使系」

ガチの天使系ほどお花咲いてもないけど、明朗で穏やかな電子音はその場に来る誰しもを受け入れて、程よく平和な雰囲気にしてくれるような、調和力に長けたCDです、オススメ!

***

次行きましょう

『Music for Healing』

これはもう普通にCDとしてかなりオススメなんですが、とくにレッスン前にかけると
・緊張感をほぐす
ことにかけてはピカイチ!

以前とあるエスニックカフェでかかっているのを聞いて、私のええもん触角が大いに反応したので、店員さんに聞いて購入しました

邪魔にもならないし上げすぎる事もないのでレッスン中に使ってもOKなのですが、インド風エスニックの緩い感じは特にレッスン前に丁寧に緊張を解したいときにめっちゃ使えます

結構、普段から普通に聞いてたりもしますが、落ち着くしとにかく優秀なCDです

***

どんどんいきます
砂原良徳の『LOVEBEAT』

これも古い!でも、良い!

元々私、電気大好きなんですがやっぱりまりんこと砂原氏の才能には骨の髄まで魅了され続けています
このCDなんか名盤中の名盤です

カフェっぽいちゃカフェっぽいけど、そのオシャレ感が気恥ずかしくなる間もなく身体に響く音の綺麗さとメロディの気持ちよさ

もう大好き
・心地よい(しかもオサレ)
・上げすぎない(でも気持ちアガる)

まあ好みもありますが、私はこれからもずっと聞き続ける事でしょう

余談ですが電気グルーヴって三人とも凄いと思うんです
石野卓球 → 天才、DJも格好良すぎ
まりん → 天才、隠しきれないおしゃれ感
ピエール瀧 → ただのおっさんやのに何故か強烈に目立つ圧倒的な存在感、それ故に役割不明のまま当然のように確固たる地位に君臨し続けている

というわけで、やっぱりピエール瀧はすごい!

…このように、気を抜いたらこの記事のテーマごと持っていかれそうになるのが彼のポテンシャルです

***

以上、他にも紹介したいCDはいっぱいあるのですが、イチオシ「ヨガレッスン前の隙間時間用CD」について、今回は特推しの3点をご紹介致しました★

インストラクターの方だけじゃなくて、ヨガを愛する皆様、そして音楽を愛する皆様のお役に立てれば嬉しいでーす

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「気」が合う人合わない人を陰陽思想で捉える

生きていると色んな人に出会いますが

「なんかこの人やりやすいな」または「なんかこの人苦手やな」という相手との相性センサー、皆様お持ちだと思います

この「苦手」って何なんでしょう?
明白に「全身ギャルソンっていう時点でちょっと何考えてるか分からないです」とか「ここでシモネタ振ってくるとかほんまシバいたろか」とか、はっきりそれと分かる合わない理由がある場合もありますし、なんか漠然と一緒に居辛いなあと感じる場合もあったりしますよね

逆に気が合う人との理由も漠然としていることが多いのが面白いところ

こういう相性の正体は何なのか
前世で夜神月とLとして頭脳戦を繰り広げまくった因縁なのか、はたまた前前前世では木蓮と紫苑として月基地で濃厚な一生を遂げた仲なのか、もしかしたら元々は1人のナメック星人だったのかもしれない

まあ何にせよ

苦手な人というのは必ず存在するし、ときに自分と同じ生活圏で関わりを持たざるを得ない場合も出てきます

そんなときどうするか

どうもしないのがベストかと私は思います
挨拶だけはちゃんとしますが、仲良くする努力もしませんし、不必要に接点も持たないし、不自然に避けることもしません

ただその人と接点を持たなければならないという現実を受け入れる努力はします

それは具体的に言うと、もし苦手な人とがっつりタイマンで揉めるようなことになったときに、それはそういう現象の一つとして受け入れる覚悟をするということです

もちろん、嫌です
死ぬっっほど嫌です
ただでさえ苦手な人と更に揉めるとかマジで勘弁

ですが、その「現象」も自分とこの世界を構成するひとつのバランスと考えてみてはどうか!
…ざっくり言うと「良い事も悪い事もあるよね〜」

***

あの老子もめちゃんこ影響を受けたと言われている中国古来の陰陽思想では、森羅万象、全宇宙のあらゆる事物を陰と陽に分けて捉え、生成や消滅を含むあらゆる現象はこの陰陽の気のバランスの変化によって生じると考えます

例えば
【陰】女 夜 裏 地 柔 弱 退 逆 静 暗 凹
【陽】男 昼 表 天 剛 強 進 順 動 明 凸

世の中の全てはこれらのように相反する気のバランスで成り立っているし、バランスが変化することによって世界は生まれた
これはヨガ哲学で言う3つのトリ・グナ(サットヴァ=純質、ラジャス=激質、タマス=暗質)のバランスが崩れることでアハンカーラ(自己感覚、自我)が生まれるという考え方ととても似ています
そして全ての物事は相反する性質同士がバランスを崩したり、バランスを取り戻そうとしたりする過程であると

こういう思想を元にすると、相性の悪さはのはその人と自分の「気」のバランスが合わない事なんだと気がつきます

同じカテのオタク同士だからといって気が合うとは限らなかったり、ルックスも職業もセンスも全て好みの異性に何故かそこまで惹かれなかったりした経験、ありませんか?
それらは全部「気」が合わないのが原因ではないかと

そして誰かとちょっと気まずくなるのも、だいぶ気まずくなるのも、ガチンコでやり合って死ぬっほど気まずくなるのもこの世界を構成するバランスによって生じるひとつの現象でしかありません
自分にとって悪い事があれば良い事もあるし、こってりラーメンが在ればあっさりラーメンもあります

あらゆる現象はバランスの結果であり、それは時の流れによって必ず変化するし、長い目で見れば気にする事はないってことです

今現在に意識を集中させるマインドフルネスは重要な姿勢ですが、今現在に捕われるのとは違います

今は今!後は後!
やまない雨は無い!
ずっと青いままのケツは無い!
いや万が一ずっと青いままのケツがあったとして、その人が毛深かったら中年になったときにケツ毛がボーボーに生えて見えなくなるかもしれないし、歳を取ったらシワッシワになってもう青いんかどうかわからんくなるかもしれません

…えー何の話してたんでしたっけ
いよいよ分からなくなってきたので強引にまとめると、陰陽があるこの世界では


・相性の良し悪しは、気のバランスに左右される
・気が合わない人と無理に合わせようとする必要はない
・気のバランスはほっといても常に変化するし、それによって関係性も変化する

という感じでしょうか

仲良く出来ない人が居るからといって相手や自分を責めてもあまり意味は無いように思います

ただ、私は出来るなら、なるべく多くの人の「気」とバランスを取れるような幅を持った人間になりたいなと

そのために、自分の中の陰陽バランスをまず整えて、感情をひとつ上の段から冷静に見つめられるように練習する

それこそヨガだと思うんですよね!

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ヨガラグって必要?オススメ出来る物と選び方

「ヨガラグって必要ですか?」
まあよく聞かれる質問です

結論からいくと「無くてもいいけど在った方がいいかな

語尾の「かな」から感じ取って欲しい、個人差という名の埋めようのない温度差
そう、人によってまちまちというのを踏まえた上で、もういい加減ブログのサブタイトル『力を抜いて 流れに乗って』とかいう意識高い系からガラッと変えて『ヨガクラゲの「それ誰が聞きたいねん」』に変えようかなぁとか思いつつ、今日もまた懲りずに自己満足な個人的見解を述べようかと思いまーす

***

さて、ヨガラグ、もしくはヨガタオルと呼ばれるもの
どんな種類が在るのか、自分に合っている物をどう見極めるかを、私の使用経験を元に書き出してみましょう

まずはその目的ですが、ヨガマットの上に敷く事で汗を吸収して滑りを防いだり、公共のマットを使う場合は衛生面で余計な気を使わずにヨガを行う事ができます
あとは物によってはそれ単体でも薄手のマットに近いボリュームと安定感がある商品もあるので、携帯用のヨガマットとして使えたり

ヨガラグを選ぶ上で1番のポイントは「滑り止め」でしょう
どういうアプローチの滑り止めかによって、ヨガラグは大きく二通りの種類に分けられます

タイプ1.裏面に滑り止めが付いているor滑り止め加工のあるヨガラグ
タイプ2.湿ることでしっかりグリップするヨガラグ

タイプ1ですが、これは常温、ホット、リラックス系からパワー系のヨガまで、幅広い種類のヨガで使用することができます

因みに、私が使っているのはYogitoesのスキッドレスマットタオルです
私はかなり前に購入したピーコックを使っていますが、何度も洗濯しているにも関わらず滑り止めも顕在、そして気になる程の色褪せはありません
デザインも無地の物から柄物まで色々あります

ヨガラグはヨガマットと違って正直「高い物の方がいい」とは一概に言い切れないというのが私の感触
逆に言うと何かこだわりや思い入れが無い限りあえて高価な物を選ばなくても良い商品はあるということですが、このYogitoesのスキッドレスマットタオルは値段はそこそこするもののそれ相応の使い勝手の良さがあります!
つまりグリップの効きがかなり良いということと、肌に触れる感触も良いということです

多少高くてもいいから外したくない!という人には失敗の無い商品なのではないでしょうか

ただしっかりしている分、相対的にボリュームや重みはある程度あります
それが難点といえば難点

安価なもので使い勝手が悪くない物もあります!
例えばこちらのヨガラグ
お安いですが普通に使えるようです
現に使っていらっしゃる生徒さんを何人も見かけたことがありますが、皆様一様に「いやーすべらんな〜」とおっしゃってますしね

毎日ヨガしてる方は洗い替えにもピッタリ

さて、これら滑り止め機能がついているヨガラグですが、個人的感想としては「滑り止め加工」よりも「滑り止め付き」の物の方が使用感が良いです
だってその方が、ビタッと来ます
ただし滑り止め付きのラグはやはりその分ちょっと重いのと、畳んでもある程度の厚みは避けられません

続けてタイプ2に行きましょう

タイプ2もリラックス系からちょっとハードに動くヨガまで色々なヨガで使用出来ますが、常温よりはホットヨガ向きです

というのも、常温でかなりハードなヨガをやっても、このタイプのラグのグリップを充分効かせられる程の汗はおそらくかかないと思います

逆にしっかり湿らせてから使うとすると、常温の場合ちょっとその濡れが気になったりするのではないでしょうか

その点、ホットヨガなら汗は絶対にかくし、最初に霧吹きであらかじめ湿らせておいても良いと思います

実際使用してみてオススメできるのはYoga Design Labのエコヨガタオルでしょうか


こちらもデザインが豊富で好きっていうのもありますが、Yoga Design Labのは少しの水分で滑り止めが効き易いです
このタイプのラグは軽いし、コンパクトやし、洗濯しても速攻乾くしでかなり利便性は高いのですが、マイクロファイバーの物は特にぬれていないと逆にめっちゃすべるやん!っていう致命的な難点があります

特に私みたいに掌が常に乾いている体質には向きません
逆に掌が常に少し湿っている人、居ますよね?
たまに「自分、壁這えるんちゃう?」くらい湿ってる人も居ます

そういう方にはこっちでも或は滑りにくいのかもしれません

しかしまあ、どっちにしてもホット向きです
ホットヨガをメインに行う方はこういうラグでも良いと思います

***

まとめると
タイプ1
メリット:常温、ホット、またヨガの種類を問わずに使える
デメリット:重みやボリュームがある程度ある、洗濯してもすぐには乾かない


タイプ2
メリット:軽くてコンパクト、洗濯したら速攻乾く
デメリット:ぬれていないと滑る(特に掌カサカサタイプさん)、常温ヨガに向かない

てな感じでしょうか

で、私的にオススメするのはタイプ1の滑り止めが付いているものです

使ってみようか迷っている方、まずは安いのからでも全然いいので、いっちょ調達してみてはいかがでしょうか★

また、ヨガテンションが↗↗るかもしれませんよ〜

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目線は身体を導く!ドリスティの重要性

ヨガのアーサナって、身体の動きだけでなく実はその視点、つまり見る方向が定められてたりします

参考までに、とくにアシュタンガヨガではより集中(ダーラナ)の状態に入れるよう都度、視点「ドリスティ」が厳格に定められています、主に下記ポイント

ナサグライ(鼻先)
アングスタマディヤイ(親指)
ブローディヤ(眉間)
ナビチャルカ(臍)
ウルドバ(空)
ハスタグライ(手)
パダヨグライ(足先)
パシバ(両脇)

これらを意識しながら動く事で心の集中、そして解剖学的にも正しく身体を導くことができます

これはアシュタンガに限らずどんなヨガアーサナでも言える事で、目線をどう向けるかによってアーサナのポイントを押さえられるかどうか大きく違ってくるから面白い

ヨガとは違いますが例えば自転車乗る時だってそう
「目指す方向」を見るからそっちへ進むわけですよね

つまり目線「ドリスティ」は解剖学的にも身体を引っ張っているわけです
具体的にどういうことかというと…

***

例えば、レッスンしていてねじり系のアーサナであまりよくない目線にお目にかかる事が多いです
それは、下に落ちてしまっている目線

そう、こんな単純なツイストポーズでも

おへそ周り、肋骨、肩のライン、頸椎を下から丁寧にギュイーンとねじり、そして最後は目線を後ろへ投げる、そうすることでより一層捻る始点(つまり下腹部)が知覚しやすくなって吐く息と共にツイストが深まります

このとき、何故か目線が斜め下に落ちてしまう人が結構居ます
上に上がって顎も一緒に上がるよりは全然良いのですが、不思議な事に目線が落ちてしまうとなんかもうひとつ捻り切れない

「捻る」という方向性のみを追求する場合、目線もその方向性に乗せておかないと背骨が捻れ切らない

これは目線が身体を引っ張っている事を感じるとても分かり易い例だと思います

実は頭で考えなくても身体は伸びようとする方向に自然と目を向けるものなんですよね
それを利用してよりアーサナを深めようと意識することができれば、ヴィンヤサヨガでもより気持ちよく流れに乗って動けます

例えばその2

太陽礼拝の冒頭を切り出してみましょう

まず吸って上に伸びてそのままバックベンド、空を仰ぎます
このとき目線は上、つまり上げている手に向けることによって、上に向かうベクトルを保ちつつ伸びやかに後屈することができます

吐いて前屈、一度前に倒れて頭頂を床に向けてウッターナーサナ

そして吸って目線を前に向けながら背筋を前に長く伸ばす!アルダウッターナーサナ

「吸う」ことと「目線を前に」向けるという2つの行為で効果的に、楽に背筋を長く伸ばして、その長い背骨を保ったままもう一度深く前屈する
このとき目線はすぐに落とさずに、なるべく前方に視線を投げながら股関節から行けるところまで前屈したあと、最後に頭ごと床方向に落とすことで長い背骨を保ったまま前屈することが出来ます

1回目のウッターナーサナよりも、アルダウッターナーサナを経たウッターナーサナの方がより深く股関節から前屈出来るのを感じるのがここの醍醐味

これ、ヨガの基本的なことですがとても大切で、そしてとても面白いところでもあると思うんですよね

目線が身体を引っ張ることを感覚的に理解していれば、より効果的に正しくアーサナをとることができるんです

***

伸びたい方、行きたい方を見るとちゃんとそっちへ導かれる
身体だけじゃなくてきっと心もそうだと思います

明るい未来を見ていれば、明るい未来へ引っ張られるし、
暗い事や心配事ばかりに心を使っていると、本当にそっちへ進んでしまいかねません

さらにそのままダークサイドへ進んでしまい、かつて素晴らしいジェダイだったにも関わらずダークに堕ちてしまった人の話を私は知っています

身体の構造を知り、理解し、それを心のコントロールに生かすことが出来れば…

何とかどんな時にも前向きに行けそうなきがしてくるではありませんか

というわけで、マインドフルネスで今を感じつつ、今日も顔を上げて、胸を開いて、明るい未来を見つめて行きましょう
身も心もきっと、そっちへ引っ張られていきますから!

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完成!YOGAKURAGE印、ヨガマット浄化スプレー

例えば身体の浄化目的である入浴を、汚い浴槽でやらないように
女子力UPのための化粧品をぐちゃぐちゃに管理してると女子力が疑われるように

そう、道具というのは目的をしっかり果たすためには常に正しく管理しなくてはならんのです
ヨガマットもまた然り

心と身体の浄化が、汚れたヨガマットの上で実現するのか!否!!

というわけで、ヨガマット浄化、延いては空間やマインド浄化のためのYOGAKURAGEイチオシ専用アロマスプレーを製品化しました
もちろんラベルデザインもYOGAKURAGE印

NOT出し惜しみのブログポリシーに則りこの記事にて作り方も大まかに(←これポイント)書かせていただきますが、
「作るの面倒くさいけど使いたい」「商品ぽくなっているやつが欲しい」という方々、あるいは「YOGAKURAGEのファンなので欲しい!」という少数派で居る事を恐れない強さを持った貴重な方、
そして「なんかこの人、明るくブログ書いてるけど1本も売れなかったら泣くんやろな…しゃーない、1本だけ買ってやるか」という菩薩のようなそこのアナタ!

YOGAKURAGEdesignの50mlスプレー、ご購入されたい方はこちらよりどうぞ

心を込めて作製し、送付させていただきます

何卒よろしくお願い致しますm(__)m
※厚生労働相より指示を仰いで薬務課にて、雑貨として販売可能である旨、確認済みです。

***

早速レシピへ

精油って香りが全然違うのはもちろんの事、種類によって効果も色々で上手く使えば精油でかなりの不調を改善できるんではないかと思えます

その中でも殺菌や消臭といった「シャウチャ(清浄)」にピッタリなアロマが結構ありまして、さらにその中でも私が好きな香、いわゆる推し香(←オシコー)をうまいこと配合するとYOGAKURAGEイチオシ専用アロマスプレーが完成致します

まず押さえておきたいのは、このテのスプレーは比較的短期間(少なくとも2ヶ月以内)では使い切った方が良いという事
防腐剤とかももちろん入ってませんし、成分もどんどん劣化しますからね

てなわけで50ml程度の小さめのスプレーボトルを用意しましょう、このサイズは持ち運びも便利です


<材料>
無水エタノール 10ml
精油 10滴(+1滴)
精製水  40ml
スプレー専用のボトル
<あればなお良し>
計量用ビーカー
シャウチャ(清浄)したい!という純粋な心

<作り方>
1.まずはエタノールを瓶に入れる
2.そこへ精油を入れて、よく振って溶かす
3.精製水を注ぎ込んで完成!
<ポイント>
精油は水には溶けないので、必ずエタノールから入れましょう

ちなみにアルコール濃度ですが「もっと殺菌に特化したい!」「自分、超汗かきでマジでマットが不快(or腐海)」という場合は30%〜35%くらいまでエタノールの濃度を上げても構いません
(ただその分アルコール臭も強くなります)
20%くらいの方が、空間浄化にも使えて良いと思います◎

***

さて、簡単な作り方が分かったところでいよいよこの記事の大テーマである精油の配合といきましょう

あ、もちろん自作される場合はご自身がお好きな香りで配合するのが1番です
今回はYOGEKURAGEdesignの『SHAUCHA』の配合をお伝えしますね★

結論から言うと、
サンダルウッド4滴
ラベンダー4滴
シトロネラ2滴
隠し香にアレ1滴

サンダルウッドはいわゆる白檀ですね、エキゾチックで神聖な香りで、浄化の効果に優れています
古くから瞑想にもよく使われてきたアロマであり、これからヨガをやろうっていう気持ちを高め、雰囲気作りにも一役買ってくれる優秀な精油です
ベースノートであり、香りの基礎となります
いつでもおおらかな懐で個性的な精油達を受け入れて、そっと次の道を示してくれる老師さまのような精油なのです

ラベンダーは認知度高杉で言うまでもありませんが、穏やかで優しい香りはリラックス効果がとても高く、皮膚への毒性が無いばかりか消毒効果がある万能精油です
主役をはれるミドルノートでありながらどんな香りとも合い易く「ラベンダっちが居ると場が和むよなあ〜」的な、頼りがいのあるムードメーカー

シトロネラはハッとするような爽やかな香りで場の空気や気持ちを一新して切り替え、集中力をたかめてくれる精油です
トップノートにふさわしい柑橘寄りのクリアで鮮やかな香りは消臭効果や防虫効果が高く、精神面でも余計な緊張や不安を和らげ清々しい気持ちに整えてくれます
第一印象ちょっと気が強いけど、実は真面目で親切な、ギャップ萌えのアイツ…
一度ハマったら、魔性のシトロネラです

そして最後の隠し香一滴
これは正直レシピに書くほどでも無いかなと思ったのですが、やっぱり入ってると入ってないとで香りの深みがちょっと違う…
カレーでいうインスタントコーヒー小匙1みたいな
ご購入された方で知りたい方はお伝え致します(^^)
個性派で存在感のある、ちょっとミステリアスなアイツですw

これをシュシュッとマットにシャウチャ!
その場の空気にシュシュッとシャウチャ!!
気分転換にシュシュッとシャウチャ!!!

ユワッシャァァー!!!!

ヨガの八支則のひとつでもあるshaucha(清浄)は、身辺整理整頓のみならず心の整理まで、心身を浄化して清潔に保つ事を意味します
ヨガマットも、その場の空気も、そしてマインドさえも、まるごとクリアにフラットに整えて、ヨガライフを一段レベルアップしてみませんか?

そのためのオーガニックスプレー、SHAUCHA(清浄)

ご興味のある方は是非、取り入れてみてくださいね♪

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プログラム変える?変えない?やっぱりこれもバランスだった

ヨガのインストラクターやっててつくづく思うのは、本当に色んなインストラクターが居る事
同じく色んな受講者の方が居る事
十人十色とはこのことで、10人のインストラクターが居れば10通りのスタイルがあり、そのレッスンを気に入る方も居ればしっくり来ない方もいます
もうこれは恋愛における相性みたいなもんで、個性と感性のふれ合いがそのクラスの雰囲気となっていくから面白い
恋愛と違って余計な駆け引きとかないので清々しいもんです

ちなみに恋愛の駆け引きの才能0な私は、若くて青い頃に超実力派のイケメン丸出し野郎に都合良く遊ばれた挙句「生理的に無理」ってえ、それ男から女に言う?ガチで凹むっちゅうねんというとんでもねー台詞を吐き捨てられたその数日後、私の友達とその野郎が並んで歩いてるのを目撃し99999ダメージを受けた事が在りますが強く生きています

だいぶ逸れましたがもとい

インストラクターにレッスン内容が委ねられているようなクラスの場合、そのインストラクターが何を重要と考えるかによってクラスの構成は変わってくるし、スタジオクラスの場合はスタジオの方針によっても強度や内容が左右されます
もちろんインストラクターの個性や人間性もクラスの雰囲気に大きく影響します
そして受講する方は好きな内容のクラス、もしくは気に入ったインストラクターがいると、ありがたい事にまた足を運んでくれるんですよね

そんなわけで同じスタジオ内では自然と自分のレッスンを受ける人というのはある程度固定されてくるものですが、アシュタンガヨガをはじめ内容が決まっている類いのヨガを除いて、その馴染みのお客様に向けて毎回レッスンの内容を変えるか変えないか、どの程度変化を付けるかはインストラクターによってかなり差が出るところではないかと

TYPE1 毎回決まって同じことをする
TYPE2 2〜3パターンの構成をじゅんぐりに行う
TYPE3 毎回絶対行うアーサナ(ダウンドッグなどの移行ポーズを除いて)を幾つか決めていて、
それ以外を変えて行う
TYPE4 サンサルテーション基調に、ちょっとずつ変化を付ける
TYPE5 毎回、全替えする
TYPE6 ピークポーズを月間や週間で変えて、それに合わせて全体構成を変える

ぱっと思いつくだけでもこんな感じでしょうか

もちろんこれ、どれが正解っていう話では無いです
アシュタンガヨガなどは何度も何度も何度でも繰り返す事でアーサナを深め、心身を鍛錬していくヨガですし、基本的にどんなものでも繰り返す事でより理解が深まるものです

ただ、私なんかは毎回ちょっとずつでも違う事をする方が自分がテンション上げやすいという飽き症な一面があるため、少しずつは変化を付けるのが好きです

そして一週間くらいそのプログラムをやったら今度はガラッと変えてまた少しずつ変えていく…
加えて、受講者の顔ぶれや年齢層や状況(怪我してる人が居ないかとか、季節的に疲れが溜まっていないかとか)によってどうしても強度は変えざるを得ないようにも思います

なもんで、私のレッスンプログラムは結構毎回違います

それでも何度も繰り返し受講しているうちに出てくる頻度の高いアーサナに対しては自然と理解が深まっていくし、ヨガのプラクティスって色んなアーサナを体験することによって総合的に各アーサナの完成度が高まっていくもんです

毎回ピークポーズを設定するのも良いしそういうレッスンを受けるのも好きですが、私自身はどちらかというとヨガプラクティス時間全体を通して身体と心に何らかの気付き、そして緩みを感じる事ができれば有意義と考えているので、その日のピークポーズの完成度を高めることにはあまり拘りがありません

前にもこんな記事を投稿しましたが、私の場合は「いかに上質のシャバーサナができるか」の方が重要

そんな私のレッスンを気に入ってくれる人も居れば、しっくり来ない人も居ます

ただ、私はなるべくなら、ヨガに情熱を持つ多くの人に気に入ってもらい易い、いわゆるマス向けのヨガのレッスンをしたいと思っています

100人受けて100人全員気に入るヨガのレッスンなんてありっこないけど、せめて50人、いやそれが無理なら40人、ぶっちゃけ理想は80人が気に入ってくれるヨガのレッスンを目指したい!

というわけで、なるべくまんべんなく色んなアーサナを取り入れたり、部分的には同じ事を繰り返したりしながら飽きずに、そして徐々に理解を深められ、効果的にプラクティスできるクラスを目指しています

やっぱり結局、これもバランス

同じアーサナばっかりやってたら身体的にもバランス崩れるのは目に見えてますから

・色んなアーサナで色々な箇所を鍛錬して、
・静的なアーサナと動的なシークエンスで陰陽のバランスを取って
・もちろん柔軟性だけでなく筋力やバランス感覚も鍛えて
・ある程度は難度高めのアーサナやスタミナの要る動きも取り入れて、ヨギ、ヨギーニ達のもっと上達したいという向上心も刺激していくこと

こうやって羅列するとえらく欲張りな内容に見えますが、ひとつひとつ紐解いてみれば何のことはない、ヨガのレッスンとしては当たり前に必要なことばかりです

そしてそれらの過程を通じて自分と向き合い、心を見つめること

私が思う多くの人に受け入れられ易いヨガのレッスンは、やっぱりバランスの良いレッスンです

バランスバランス、全てはバランス

最後にこんなバランスのアーサナ

腹筋?腕の力?集中力?拮抗する力のバランス?

全て必要
全てはバランス

あらゆる意味でバランスを追求するのはヨガの偉大な鍛錬のひとつであり、そのバランス感覚で私独自のレッスンを目指したいと思っています

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身の丈に合わないスピリチュアリズムはときに身の破滅を招く

ヨガ愛好者は、多かれ少なかれスピリチュアルにも関心がある
これは几帳面な人ほどお好み焼きのキャベツを細かく刻みがちなのと同じくらい当然のことだと思います

そもそもヨガは身体(=sense)を使って精神(=spirit)を平穏に整えることを目的としているわけですから、ちゃんとヨガやるからにはスピリチュアルな事に興味が湧かない方がむしろ不自然とも言えます

いわゆる「スピリチュアルな物事」として、巷には新興宗教からナチュラル思考のリトリート、心身が浄化される水、パワーストーンや幸運を呼ぶ壷まで、中には気を抜くとハマってしまいそうなニセモノもバナナの皮のように転がっています

もちろん、本物(ここで言う本物とは、人を騙そうとする意志がなく、個人的な利益の回収が一番の目的でないものを指すことにします)もあるでしょうし、どんなものであれ本当にその人の人生やスピリットに好影響を与えるのであればそれで良いのだとも思います

ただし、スピリチュアルな事は当然ながら精神への影響力が大きく、下手すると「妄信」というとんでもなくマズい状態に陥りかねません
そして悲しい事にヨガ愛好者の中にはすばりその妄信状態に陥っている人がちらほら見当たっちゃうんだからたちが悪い

ヨガを嗜みながらもそうならないためにはどう生きれば良いのか、私ごときが偉そうに私なりの姿勢を勝手に語ることにしました
というわけで断言口調で進めますが暇つぶしに読んでやってもいい、という方は続きをどうぞ

***

大前提として、スピリチュアリズムは生きる上で指針となるべき重要な事柄だと思います
要するにこの人生において霊的成長を目的として生きるという姿勢

ヨガなんてまさにこれそのものですし、多くの宗教もまた教えはそれぞれ違えど結局目的はそこにあるのではないでしょうか

何も考えずにのんべんだらりと生きるより、どう在るべきか、どう在りたいのかを見据えながら選択を重ねていく方が人として成長するに決まってます

で、その大前提は置いといて

何かひとつの事、人、主張や教えに捕われてしまうと何故ヤバいかというと、バランスが崩れるからです

それが宗教でも思想でも人物でも現象でも、何かを妄信するという姿勢は固執に繋がり易く、それ以外の物を排除しようとする精神性に偏りがち

それだけならまだしも、例えばその宗教の活動に傾倒するあまり身近な人間との接点を疎かにしてしまったり、尊敬している人物が主催するナチュラルリトリートだから日本だけど大麻や非合法の薬物を使用してもいいのだと信じて疑わず、それで気づきを得た気になったり
例えば大麻などは国によって禁止されていなかったりもするし、そういったものを全否定する気はありません
中島らも氏も言ってましたが「薬物とは生き方」であって、それを選択する人は一定数必ず存在します
ヨガ発祥の地であるインドでも大麻くらいならわりと日常的に使用されていたりするようですし
でももしあなたが今住んでいる国で向精神薬の類が禁止されているとして、あなたが高杉晋助的なキャラ属性でもないのであれば、反社会的行為なんてあえてやる必要無くないですか?
やりたい事をやるためにはやるべき事をやってこそのびのびできるってもんです

すこし話が逸れましたが何かを崇拝するレベルで妄信すると、ハマると面倒な何かを選択してしまったり、辛い目に遭った時に「これは自分が至らないから当然の報いなんだ」と必要以上に自責の念にかられたり、失敗したときに「これは好転するために与えられた経験であり私は悪くない」と自分にある原因に目を向けなくなったり、それなんか違うんちゃう?というでっかいズレに気が付けなくなってしまいます

それは、あかん

それは怖い

もっと楽にいくべし
「楽」とは好き勝手やっていいという意味ではなく、もっと肩の力を抜いて素でいようやということ

新しいパン屋へオープン当日朝に速攻で買いに行くも良し、子供のためという口実でガチで本気出してゲームクリアするも良し、菅田将暉の魅力に今頃気づいて身悶えするも良し、ツルツル肌になると聞いて卵の薄皮を必死で顔に貼るも良し…

およそスピリチュアリズムからは程遠い、そんな生活の中の一見くっだらないひとつひとつ全てが「地に足をつける」ために実はとても大切なんです

その生活の中で、ひとつひとつを丁寧に味わうこと、感じること、ときに立ち止まること

今の生活のひとつひとつを当たり前のようにこなすことは決して惰性ではないし無駄なことでもない、むしろそれでこそマインドフルネスは研ぎ澄まされるし、まずはそこ押さえにゃ話にならん、というのが私の考えです

菜食主義についての話でも以前触れましたが、身の丈に合わないスピリチュアリズムは霊的に成長するどころかバランスを崩す原因にもなりかねません
そして私は実際にそれでバランスを大きく崩してしまった人を今までに何人か見てきました

山籠りして瞑想やプラクティスに明け暮れる体験も貴重でしょうし、尊敬する人のリトリートに参加してチャクラを活性化することも大きな転機となるかもしれません
でも、地に足をつけたリアルな生活を疎かにしては、本当の意味での霊的成長は成し得ないんじゃないでしょうか

そういう小さな生活や練習を積み重ねる事、そこで感じる事、変化する事、成長する事の、全ての過程を丁寧に感じる事が、多くの人にとって一番必要なヨガの姿勢だと思うのです

というわけで、しっかり地に着いた軸足の強さと力まないバランス感覚が必要なアーサナをひとつ

立位の鳩のポーズ(というかどうかは知りませんがなんかそんな感じのアーサナ)です

スピリチュアルは決して実生活から遠い特別なものではありません

とりあえず、私は今日作った水菜サラダがめっちゃ美味に出来たこと、それによって子供が野菜をちゃんと食べたこと、お代わりするご飯があったことに全力で幸せを感じようと思います★

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